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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2222号 判決 2000年7月21日

原告

山本一彦

ほか一名

被告

鷲尾惠市

主文

一  被告は、原告らに対しそれぞれ金七八六万六三〇五円及びこれに対する平成九年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し各金四八二三万八六六一円及びこれに対する平成九年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1の交通事故の発生を理由に、原告らが被告に自賠法三条により損害賠償を求める事案である。

一  前提事実(争いのない事実等)

1  交通事故

(一) 日時 平成九年七月一一日午後八時一八分ころ

(二) 場所 海部郡甚目寺町大字坂牧字大塚七二番地先路線上

(三) 原告車両 亡山本崇司(以下「亡崇司」という。)運転の自動二輪車

(四) 被告車両 被告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 被告車両が本件事故現場を逆走中に原告車両と衝突した。

(六) 結果 亡崇司は本件事故により肺挫傷、気管損傷の傷害を負い、右傷害により同日午後九時三〇分死亡した。

2  責任原因

被告は加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者である。

3  当事者

原告らは亡崇司の父母であり、本件事故により亡崇司に発生した損害賠償請求権を相続した(相続分各自二分の一、甲四)。

4  既払い(三〇二四万三三一五円)

被告は亡崇司の治療費一九万一二一五円、葬儀費用一〇五万円を支払ったほか、原告らは本件事故による自賠責保険金二九〇〇万二一〇〇円の支払を受けた(甲六)。

二  争点

1  過失相殺

(被告)

亡崇司にも無免許で、制限速度を五〇キロメートル以上超過する速度で、道路をジグザグに走行するという無謀運転が認められ、その過失は六割を超えるものといわざるを得ない。

(原告ら)

亡崇司が原動機付自転車の運転免許しか取得していなかったことは認めるが、その余は争う。本件事故は、午後八時一八分ころ照明設備等がなく暗い本件事故現場付近において被告が逆走していることから発生したものであり、亡崇司の事故の回避可能性(予見可能性)はない。しかも、被告は飲酒運転であり、常習的に飲酒運転をしていながら、本件死亡事故後飲酒の事実を隠ぺいしようとするなど極めて悪質である。被告の主張は過失相殺の損害の公平な分担を図るという理念に全く背馳するものである。

2  原告らの損害

(原告ら)

(一) 逸失利益 六〇〇六万〇〇七三円

亡崇司は高校卒の学歴を有し、死亡当時アルバイト勤務により年収九七万三五五〇円であったものの正社員に昇格する予定であったので、その逸失利益の算定に当たっては、賃金センサス第一巻第一表の平成八年産業計・企業規模計・男子労働者高卒全年齢平均賃金五三一万二七〇〇円を基礎収入とし、死亡当時の年齢二四歳から稼働可能年齢六七歳までの四三年間について新ホフマン係数(二二・六一)を用いて中間利息を控除し、生活費控除率を五〇パーセントとして計算すべきである。

5,312,700×22.61×0.5=60,060,073

(二) 慰謝料 二六四〇万円

被告車両が被害者の走行車線を逆走することによって発生した事故であること、被害者は即死状態に近いこと等を考慮すれば、慰謝料は少なくとも二割増額されるべきである。

(三) 葬儀費用 一五〇万円

(四) 文書費用 一万七二五〇円

交通事故証明書一二〇〇円、診断書一万四七〇〇円、戸籍謄本一三五〇円。

(五) 弁護士費用 八五〇万円

(被告)

(一) 逸失利益

亡崇司の所得は、高校卒業後、平成七年分四〇万五三六〇円、平成八年分一四二万八三一〇円、平成九年分九七万三五五〇円であって月収一〇万円程度と推察され、アルバイトにより自己の小遣いを得ていた程度であった。したがって、同人の逸失利益を積算するには仮に賃金センサスを用いるとしても高卒二四歳の平均賃金の七割程度を基礎収入とすべきである。

3,320,100×0.7×(1-0.5)×22.61=26,273,611

(二) 慰謝料 一八〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用 一一〇万円が相当である。

(四) 治療費 一九万一二一五円

原告らの請求はないが既払いであるから過失相殺をする前提として損害に算入すべきである。

第三争点に対する判断

(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  過失相殺

1  証拠(乙二の1ないし30、三ないし六、九)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、ほぼ東西を直線で結ぶ片側二車線で中央分離帯のある県道の東行車線上である。制限時速は時速五〇キロメートルである。本件事故現場の約一五メートル東には北からこの県道に合流する道があり、丁字路交差点となっている。しかし、本件事故当時、この丁字路交差点内の県道中央線部分は工事用トラ柵で閉鎖されて反射板により東進のみの矢印表示が設置してあり、交差道路から合流した車が西行車線に入ることはできない形状となっていた。本件事故現場の西約六五メートル先には信号機により交通整理のされている坂牧東交差点がある。

(二) 被告は、被告車両を運転してこの交差道路を北から南に進み、丁字路交差点で右折(西進)するために交差点内に若干入った位置で一時停止をした。その位置で交差道路の左右の状況を確認したところ、東行車線には西の方に車のライトが見えて坂牧東交差点の信号で停止しているようであり、西行車線には走行している車が見えなかったことから被告車両を更に前進させて東行車線内に入った。しかし、東行車線中央辺りまで進んだ時に初めて前方が閉鎖されていることに気づき、とっさに丁字路交差点北西角にある車両販売店駐車場が目に入ったことから、その駐車場に車を入れようと考えた。そこで、東行道路を対向方向から来る車両にまったく気を配ることなしに時速約二〇キロメートルで約一四メートル逆走し、路外の前記駐車場に出ようとしたところで左側面に原告車両が衝突した。被告は衝突するまで原告車両が接近していることに気づかなかった。

(三) 訴外服部雅司(以下「訴外服部」という。)は、東行車線のうち中央分離帯側を時速六〇ないし七〇キロメートルで走行中に、坂牧東交差点手前で左側からオートバイに追い越された。オートバイは時速一〇〇キロメートル程度の速度であった。訴外服部は坂牧東交差点をそのまま通過した後、前方の車が減速、車線変更をしたことから減速したところ、本件事故現場付近に至り、亡崇司が本件事故により転倒しているのを目撃した。訴外山本博文(以下「訴外山本」という。)は、東行車線の中央分離帯側を時速五〇キロメートルほどで走行中、坂牧東交差点手前で後方から来たオートバイがエンジンを吹かしながら接近してきたことから左車線に進路変更をしたところ、オートバイが時速一〇〇キロメートル以上と思われる速度で前方へ走行していったのを目撃した。その際、前方にも他に走行車両が何台かあり、オートバイがその間を右に左に進路を変更しながら走行するのを見て危険だと思った。訴外山本は、本件事故現場に至り、転倒している亡崇司を見て、そのオートバイの運転手が自損事故により転倒したものと考えて停車した。

2  以上の事実に照らすと、本件事故の原因は主として被告の東行車線の逆走にあることは明らかであり、本件事故現場付近のように中央分離帯により反対車線と区分されている道路上にあっては対向車線から車が入り込むなどして逆走する車があることの予見可能性は一層低いといえるから、被告の過失は大きい。しかし、前記認定の訴外服部及び訴外山本が目撃したオートバイは原告車両であると認められるところ、そうであるとすれば亡崇司も制限速度を五〇キロメートル以上超過し、かつ、蛇行運転をするという危険性の高いものであって、本件事故当時他にも東行車線に走行車両があったと思われるにもかかわらず亡崇司のみが被告車両に衝突していることを考慮すると、亡崇司がこのような走行方法をとっていなければ、本件事故、あるいは少なくとも本件事故による死亡の結果を回避できた可能性はかなり高いものと言え、同人が無免許運転であることも併せて考えると、同人についても本件事故についての過失を負担させることが公平の原則に適うものといえる。そして、右の状況に被告が飲酒運転であったことを加え総合考慮しても、被告と亡崇司との過失割合は被告八〇に対して亡崇司二〇と見るのが相当であり、原告らが主張する被告の飲酒運転の常習性や本件事故後に被告が飲酒の事実を隠蔽しようとしたことが認められるとしてもなお、亡崇司についても過失を問うことが当事者間の公平に反するとまでは認められない。

二  原告らの損害

1  逸失利益(請求額六〇〇六万〇〇七三円) 三七二八万六四四一円

証拠(甲三、五の1、2、七、乙一)及び弁論の全趣旨によれば、亡崇司は高校卒の学歴を有し、事故当時二四歳であるところ、本件事故当時アルバイトとして稼働しており、本件事故のあった平成九年には死亡時までの年収が九七万三五五〇円、前年の平成八年の年収が一四二万八三一〇円であっていずれもその年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者高卒該当年齢の平均賃金の二分の一程度であることが認められる。しかし、前掲各証拠によれば、未だ若年であること、本件事故の二、三年前から同一の勤務先でアルバイトをしており、事故前には準社員待遇となっていたことが認められ、これらを併せて考えると、将来的には賃金センサス第一巻第一表の平成八年産業計・企業規模計・男子労働者高卒全年齢平均賃金五三一万二七〇〇円の八割程度の収入は得られるものと認めるのが相当である。そこで、これを基礎収入とし、死亡当時の年齢二四歳から稼働可能年齢六七歳までの四三年間についてライプニッツ係数(一七・五四五九)を用いて中間利息を控除し、生活費控除率を五〇パーセントとして計算すると、逸失利益は三七二八万六四四一円となる。

5,312,700×80%×17.5459×(1-50%)=37,286,441

2  慰謝料(請求額二六四〇万円) 一八〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、亡崇司の年齢、生活状況等に照らし、その死亡による慰謝料としては右の額が相当と認める。

3  葬儀費用(請求額一五〇万円) 一一〇万円

証拠(乙八)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用として一一〇万円を認めるのが相当である。

4  文書費用(請求額一万七二五〇円) 一万七二五〇円

弁論の全趣旨によりこれを認める。

5  治療費(請求額なし) 一九万一二一五円

当事者間に争いがない。

6  小計 五六五九万四九〇六円

7  過失相殺

前記認定のとおり、亡崇司にも二〇パーセントの過失が認められるから、右の損害額からこれを控除すると四五二七万五九二五円となる。

8  損益相殺

原告らは、本件事故の損害の填補として合計三〇二四万三三一五円を受領していることが認められるからこれを右の額から控除すると、残額は一五〇三万二六一〇円となる。

9  弁護士費用(請求額八五〇万円) 七〇万円

右に認定した賠償額及び本件の経緯に照らし、本件事故と相当因果関係に立つ損害としては、右の額が相当と認められる。

三  結論

したがって、原告らの請求は総額一五七三万二六一〇円(原告各自七八六万六三〇五円)及びこれに対する本件事故の日であることが明らかな平成九年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 堀内照美)

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